21024 ルーヴル美術館

データ

  • 所在地: フランス、パリ 
  • 建築期間: 1190~現在 
  • 面積建築様式: ルネッサンスとモダニストの融合

歴史

ルーブル美術館はその多様な構造で12世紀後半からパリを代表する建造物となっています。レオナルド・ダ・ヴィンチ’のモナリザを筆頭とする著名な芸術作品と、ルネッサンスからモダニスト建築’を見事に融合した建物で名高く、現在世界で最も多くの訪問者を集めています。

ルーブルは元々、パリ市を防衛するための要塞として12世紀後半に建造されました。 建物は数多くの改築と増築を経て、1546年にルネッサンス式王宮に姿を変えました。

1678年にルイ14世がルーブルから新しく完成したベルサイユ宮殿に王宮を移転したとき、王族の芸術コレクションのほとんどはルーブルにとどまりました。

ルーブルが今日知られる美術館に変身したのは、フランス革命がきっかけです。1791年、国民会議はルーブルを「あらゆる科学と芸術が結集する場所 “」とすべきであると宣言しました。1793年、ルーブル美術館は正式に開館し、ダ・ヴィンチ、ラファエロ、プッサン、レンブラントを代表とするコレクションを一般大衆も鑑賞できるようになりました。 

その後200年間に美術館の’コレクションは増え続け、 1980年代初期には、展示の向上と増加する一方の訪問者により良い設備を提供するために大規模な改修が必至となりました。

建築家

イオ・ミン・ペイは1917年に中国で生まれ、17才の時にマサチューセッツ工科大学で建築を学ぶため、アメリカにわたりました。ル・コルビュジエの作品や新しい国際様式から刺激を受けた彼は、ハーバード大学のグラデュエイト・スクール・オブ・デザインに進みます。ここで出会ったのがヨーロッパのバウハウス様式を先導していたヴァルター・グロピウスとマルセル・ブロイヤーでした。

ニューヨークのウェッブ&ナップ社で米国中の大型建築物の建設に従事した後、1955年に自身の事務所、I.M.ペイ&アソシエイツを設立しました。ペイはチームの仲間と共に、ボストンのケネディ図書館やテキサスのダラス市庁舎、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートのイーストビルなど、数多くの大型プロジェクトを手がけました。そして彼の作品がルーブル改修プロジェクトの責任者の目に留まったのです。

ペイは外国人の建築家として初めてルーブルの仕事に携わりました。フランス人の多くが、名誉ある国家プロジェクトを「モダニズム建築の巨匠」として知られる建築家にまかせることに懐疑的でした。しかしペイ自身は「パリの歴史はルーブルの礎の上に根付いたものだ」ということを強く意識していました。彼が提案したガラスのピラミッドにはひときわ批判が集中しましたが、改修事業は大きな成功を収め、ルーブルのピラミッドは最も有名なペイの作品となったのです。

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