21009 ファーンズワース・ハウス

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データ

  • 設計者: ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ
  • 建物の分類: 1部屋だけの週末別荘
  • 様式: 現代様式
  • 面積: 140 平方メートル / 1,585 平方フィート
  • 所在地: アメリカ合衆国、イリノイ州ケンドール郡、プレイノ
  • 建築材料: 鋼鉄、ガラス
  • 建築期間: 1945~1951年

歴史

ファンズワース邸は1部屋だけの週末別荘として、1945年から1951年にかけて設計、建築されました。シカゴの南西に89km離れたイリノイ州プレイノの町に建てられ、240,000平方メートルの敷地はフォックス川に隣接しています。

ミース・ファン・デル・ローエはファンズワース邸を周囲の自然から独立させつつ、関係性は失わない建物にしようと考えました。シンプルで細長い立方体をした邸宅は川と平行して建っていて、大きくて堂々としたブラックメープルの涼しげな木陰におおわれています。

建物は地面から1.6メートル浮かせてあり、8本の鉄骨柱が床の側面と天井スラブを支えています。スラブの端は支柱支持を超えて伸び、カンチレバー構造になっています。建物はまるで地面から浮き上がっているように見えます。

内部は1つの大きな部屋のようになっていて、間仕切りがないのが特徴です。内部の空間にはコアと呼ばれる2つの区画が組み込まれています。暖炉を備えたキッチンは、大きなガラスの家の中で独立した家のように見えます。使用された資材はきわめて高級です。トラバーチンの床、プリマベーラのパネル、シルクのカーテンなど、装飾は最小限にとどめられていますが、細部までこだわっています。

建築家

鉄とガラスの家は、シカゴの著名な女性外科医、エディス・ファンズワースの週末別荘として建てられました。ファンズワースはとても知的で会話がうまく、特別な現代建築を建てることに熱心でした。彼女がミース・ファン・デル・ローエに指示したのは、自分の住まいだと思って設計してほしい、ということでした。

ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(1886年3月27日~1969年8月17日)は長い間、20世紀で最も重要な建築家のひとりとみなされてきました。第二次世界大戦前のヨーロッパでは、モダニズム建築をけん引する最も革新的なリーダーのひとりとして台頭しました。1938年にアメリカに亡命した後、アメリカ建築における鉄骨フレームの建築表現を変え、教授としても建築家としても比類なき経歴を残しました。

ファンズワース邸を完成させると、建築関係の記者から称賛を得ました。残念なことにミースとエディス・ファンズワースの間には、当初のほぼ2倍となった費用をめぐって亀裂が生じました。やがて2人の激しい争いは訴訟で決着がつきました。エディス・ファンズワースは邸宅を20年ほど週末別荘として使用しました。この邸宅の魅力は時を経ても色あせず、世界中の建築家やデザイナーが今もなお敬意を表しています。

参照文献 出典:ナショナル・トラスト 写真提供:ファンズワース邸、ナショナル・トラスト ホームページ シカゴ歴史博物館 Hans Peter Schaefer John Hill, Tigerhill Studio